保育園の先生達と夏祭りは盛り上がり!

保育園の先生達は、子供の様子などお迎えに行った時、とても詳しく説明してくださり、そして色んな行事も積極的に開催して下さるので、子供も喜んで登園するようになりました。最初は保育園へ行くと泣いてばかりいましたが、この神戸でインターナショナルスクールというのに保育園での行事が楽しく、そして先生方が色んなイベントを企画して下さるので、親子で参加して楽しめます。特に夏祭りは、スーパーボールすくい、輪投げゲーム、おばけ屋敷など、色んなものが盛り沢山で、子供もワクワクしながら参加しています。なので、年に一度の夏祭りは、保育園の先生方が大活躍してイベントを企画し、そして親子で参加して楽しめるような内容になっているから、とてもその場の雰囲気も賑やかで盛り上がります。卒園生も来るので、子供達も興奮して楽しそうに園内を走り回って元気に過ごしますし、こうした保育園での様子を見学できるのも貴重な時間になります。先生方が夏祭りの時期になると、かなり気合が入り、そして親子で参加してください!と声かけも始まるので、積極的に参加してお手伝いするようにしています。その時、ここも鳥取で根管治療を専門とする歯科医院はと子供の様子など色々教えて下さるから、保育園での過ごし方や何をして遊んでいるかなど、普段わからないことも教えてくださるから、楽しいです。

まるっきり知らない先生からのまさかの言葉。

私達夫婦は15歳も歳が離れています。4年前念願の男の子が生まれて、現在幼稚園の年少さんです。
多くはエレメンタリースクールから神戸ではとてもこの話は3歳の時、幼稚園に入ったばかりの出来事です。幼稚園に慣れてきた頃、ある日のお昼に幼稚園から電話が来ました。「お子さんが熱を出したので迎えに来てください」と。慌てて迎えにいった私は、園の職員室の前でグッタリ座っている我が子が目に入りました。明らかに様子がおかしかったのを憶えています。隣にはみたことがない先生が介抱していてくれていました。奈良でも評判の大和高田の保育園ではこんなにも挨拶をして子供を引き取って帰ろうとしたその時その先生が、「また元気になったら宇宙戦艦ヤマトの歌を歌ってね」と言ったのです。実はうちの子は機関車が好きで、私の実家で機関車の動画を見ているうちに好きになったそうです。メディカルゲートで見つけるクリニックからとも私はそれならアニメの銀河鉄道999とかはどうかな?と思って、999の歌(ささきいさおさんが歌っている)を見せたのがきっかけでハマってしまいました。そてからというものささきいさおさんが歌う歌を覚えていってしまったのです。(しかも2番まで)その流れで幼稚園で宇宙戦艦ヤマトを歌っていたら、話題では奈良の保育園が一番と言えるのはどこから園内の先生方の中で有名になってしまったらしいのです。私の年齢が現在55歳なので機関車と銀河鉄道999をつなげてしまった事が、まさか接点のない先生までうちの子を知ってもらえることになろうとは、考えもしませんでした。若い幼稚園の先生が、宇宙戦艦ヤマトを、ささきいさおさんを知るわけがありません。このコロナ禍の中、幼稚園の行事も少なく、また親同士の交流もありませんでした。でもうちの子が幼稚園で宇宙戦艦ヤマトを歌っていることがきっかけで、インターナショナルスクールならこの神戸からでは親同士のコミュニケーションが取れたのはとても嬉しいことでした。年取ってから出来た子供ではありますが、現在とても満足の人生で幸せです。

久しぶりのバースデー

私は神奈川県に住む39歳の専業主婦です。娘の幼稚園であったうれしかったエピソードをお話ししたいと思います。どんなにバイリンガルスクールが神戸の中からと私は鹿児島県で生まれ育ち、大人になってから上京し結婚したので、親しい友人などは周りにおりませんでした。また、主人は今時珍しい昔気質な性格な上、記念日等にこだわりがないタイプなので、結婚記念日や誕生日などをやる事は一切ありませんでした。自分の誕生日を祝われることがなくなり数年経ち、少し寂しいと思いながらも娘にだけはそういう思いをさせたくなく、娘の誕生日には家中を飾りケーキやプレゼントでお祝いをしていました。もう奈良の大和高田でも保育士を求めるにはここで娘が4歳の頃、既に何でもない日とかした私の誕生日の日に幼稚園にお迎えに行くと、娘の先生が声をかけてきました。何かと思い振り向くと、先生の手には手作りの折り紙で作ったプレゼント型のメッセージカード。「お誕生日おめでとうございます。東京で根管治療専門医を探すならここからもっとも今日、〇〇さんお誕生日ですよね!」なんで知ってるの!?と驚くと、先生の後ろでモジモジと隠れる娘。「〇〇ちゃん、今日はママの誕生日だとずっとうれしそうに喋ってたんですよ。何かプレゼントしたいと相談を受けて、2人で考えてつくりました♪」と先生。もっとインターナショナルスクールの神戸ではメッセージカードには、先生からのお祝いのメッセージと、娘からの私の似顔絵とおめでとうの文字。周りにはたくさんのプレゼントやハートが飛んでいます。大人になってから自分の誕生日を嬉しいと思うことがなかったので、突然のサプライズプレゼントに涙がこぼれ落ちました。娘のちょっとした一言で手の込んだメッセージカードを手作りしてくれて、娘だけではなく私にもこんなに優しく接してくださる先生に、感謝でいっぱいの気持ちです。口コミでは奈良の保育園をどうかなとはいっても一生忘れることができない誕生日になりました。

何十年たっても忘れられない幼稚園の先生との思い出

幼稚園時代の担任の先生は20代前半で、エレメンタリースクールなら神戸ではこんなとそれはもう綺麗でとても優しい女性でした。当然担当クラスのみならず、他のクラスの園児達にも大人気で、先生の周りにはいつもたくさんの子供たちが集まっていました。私も先生が大好きだったのですが、何分引っ込み思案な性格で、活発な友達と一緒になってそばにいくことができず、いつも離れた所から遠巻きに見ていたのです。多分先生にとっても大人しい私は、どの求人の保育士を奈良の大和高田ではここからあまり印象に残る子供ではなかったと思います。
それは卒園してからのことです。小学校に入学した私は相変わらず内気で、学校生活やクラスメイトにもなじめず、登校するのが辛くて心の中で泣いてばかりいました。そして子供ながらに親には言えないと感じており、ずっと我慢していたのです。そんなある日のこと、その我慢も限界に。下校時間涙が止まらなくなり、ふと浮かんだのは幼稚園の先生の優しい笑顔。帰宅すると庭の白い花を摘んで新聞紙にくるみ、この奈良で評判の保育園を口コミすることに幼稚園へと向かっていました。外から様子をうかがうと、もう園児は帰っており中には先生方しかいませんでした。しばらく見ていたのですが結局勇気が出ず、私は花の包みを園舎のそばに置いて帰ってきてしまったのです。翌日やっぱり先生に会いたくなった私は、昨日と同じように白い花を摘んで幼稚園へ行ったのです。今度は何人かの先生が外におり、担任の先生の姿もあったのです。さすがに神戸でもインターナショナルスクールとなるなら先生は私を見ると「Aちゃん来てくれたの?」と駆け寄り、持っていた花の包みを見ると「そうだったの」と抱きしめてくれました。先生に促され園舎に入ると、昨日置いてきた白い花が飾ってありました。「誰だろうって言ってたのよ。そうだったのね、ありがとう。」私は目立たない自分を覚えていてくれた嬉しさと、本当に喜んでくれている先生の顔に感激し、とても幸せな気持ちになりました。
あれから何十年たった今でも私にとって忘れられない思い出で、今でも先生が大好きです。