次男が年中の時に担任になったかわいい新任の先生のお話です。我が家の次男は3月生まれということもあり、体も周りの子より小さく、言葉で伝えることも苦手でした。どこの奈良でも評判の大和高田の保育園では年少の時は毎日泣きながら登園していましたが、そんな次男が年中になり『先生、先生』と、毎日楽しく幼稚園に通う姿が頻繁にみられるようになりました。まだ、短大を卒業して間もないながらも一生懸命クラスをまとめ子供たちからも人気な先生に私も安心して子供を預けることができました。年長は残念なことにクラスの受け持ちが変わってしまったのですが、卒園の時に息子と他に私にも手紙を書いてくれました。話題では奈良が保育園のことをこんなにも内容は初めての担任で不安がある中、毎日次男が笑顔で先生と話しかけてくれることに勇気や元気をもらっていたこと、少し手のかかる息子のことをかわいくおっもていること、また、お母さんが気さくに対応してくれて嬉しかったということが、便箋に3枚も書いてありました、年長では違うクラスっだった我が子、そして親の私まで気にしていてくれたということに、卒園式では泣かなかった私が自宅に帰り手紙を読んで大泣きしました。今小学4年になった次男ですが、弟の幼稚園の行事があるたびに「俺も行っていいの?」と確認してきたり、会えた時は今打ち込んでることや、小学校での様子など、いまだに楽しそうに話をしている次男を見ると一生思い出に残る先生との出会いがあったのだと思い、親としてもとても感謝気持ちでいっぱいです。
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かわいい新任の先生
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保育園の男性保育士さんと、夢見る現在の私、
私はまもなく30歳になろうとしている女性ですが、実は1年ほど前に夫婦間のもつれから離婚してしまいました。 即ち、離婚の過去があり、奈良でも評判の大和高田の保育園では今では子供と両親の実家で何となく世話になりながら、子供を保育園に預けながら派遣社員の仕事をしております。 保育園は車で5分程度のところにありますが、毎日、日課のように子供を幼稚園に預けながら送り迎えをしております。 ところが独り身の辛さからでしょうか、娘のクラスの担任である男性の保育士さんが毎日ニコニコと受け答えする其の男性を好きになりそうな感じなのです。 口コミすると奈良の保育園でもこんなに夫婦が仲良くしていられるうちは、他の男性などは全く興味がなかったのですが、いざ離婚してみるとやはり女性の性(さが)とも言うのでしょうが、本来の女の感情が出てくるようになったのでしょう。 しかし、相手の男性というのは実のところ既婚者なのか未婚者ナノカはなのかは全くわかりません。 更に、その娘の担任の男性の先生というのが大人しそうで挨拶もニコニコしながら丁寧にうけこたえしてくれるし、娘のことも特別に可愛がってくれているような気もいたすのです。 更に彼は昔、スポーツでもやっていたのでしょうか浅黒く、がっしりした体型なのです。 又、保育園には担任の先生による子供の為の連絡ノートというのがあって、親との交換記録みたいなものなのですが、其の記録を毎日読むのが実に楽しみにしていた事もありましたね。 今のところはいきなり子供以外のプライベートの話はしてはいないけど、出来れば個人的な話をしながら何れはお付き合いとかを考えるようになりました。 そして保育園の先生と保護者との関係の枠を外れて、個人的に仲良くなれたらいいなあ、なんてドキドキしながら夢見ている現在の私です。
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幼稚園での先生との嬉しい体験
私が幼稚園の先生と野嬉しいと感じた体験というのは私がなかなか幼稚園に馴染めないでいた時に幼稚園の先生が私を気遣ってくれた時が嬉しかったです。口コミで奈良なら大和高田の保育園が特に私がそう感じたのが幼稚園で食べたおやつでした。私がなかなか幼稚園に入ったばかりの頃に馴染めないでいて幼稚園の中に入るのを躊躇していた時でも他の園児達はおやつの時間になればおやつを食べていました。ですが、私はその場におらず1人で幼稚園の入り口にいたのですが、その後先生が私のためのおやつ取っておいて私と一緒になって親おやっを食べてくれたのが嬉しかったです。私はこの時自分のおやつなんかないと思ってましたし、これから保育園を奈良市内で調べるとまさか先生が私と一緒になって食べてくれるとは思ってなかっただけにこの時はかなり嬉しかったです。この時に先生もおやつの時間に食べずに私と食べる事を選んでくれたのが良かったです。おかげで私は幼稚園に馴染みやすくなったと思いましたし、先生の優しさにも触れる事ができたのでこの時は本当にうれしかったです。やはり先生が自分と一緒に食べるという選択をしてくれたのが一番嬉しかったです。もしそれがなかったら私はおやつを取っておいてもらってもそれほど嬉しくなかったと思います。
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保育園の先生との縄飛び
保育園の先生との思い出というのは極端にそんなに多くを覚えていることではないです。そもそもかなり幼い頃の話ということになりますからどうしても全て覚えているというわけではなく、人気の保育園を奈良の大和高田でも途轍もなく印象に残っていることのみというのがやはり思い出として残る部分となるでしょう。私もそうしたことがあります。保育園の先生と縄跳びをした思い出です。縄跳びなんてと思うかもしれませんが、確かその時の私はそんなに上手く飛ぶということができない子供で、周りの子からできないことをからかわれていたという思い出があります。この口コミの奈良を保育園からはそうした状況でしたから練習をするという事に付き合ってくれた保育園の先生という思い出があります。できないことでぐずっていた私に対してどのような言葉をかけていたのかというのはちょっと覚えていないのですが、ちょっとした慰めの言葉とか諭すような言葉を言われたというような記憶がちょっと頭の隅の方にあります。それで納得したのかどうか、ということはともかくとして、続けるようにしてそこでようやく縄跳びというのが怖くなくなって、上手く飛べるようになったという思い出が今でも残っています。今でもその手の運動はかなり得意な方です。
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幼少期の心の寂しさをうめてくれた保育園の先生
私の両親は共に一流企業勤めでした。そのため、幼少期から何一つ不自由なく生活できました。大和高田で保育士を採用するにはだから親には感謝するばかりで文句を言ってはいけないのですが、それでも確実に寂しさを感じたことは、親が相手をしてくれる時間が少なかったことです。ふたりとも忙しく働くから会える時間も少なかったとおもいます。そんなのだから保育園の参観日や運動会にも不参加のことが多かったです。そんな私の寂しさを和らげてくれたのが私の母と同じくらいの年齢の女性の先生でした。奈良で口コミをする保育園はどうしても親子参観日のお昼ご飯は親子で座って食べるようになっています。私の親は会社にいて不参加なので、その際には先生が隣に座って親代わりをしてくれました。運動会の親子競技では先生が親代わりとなって一緒に参加してくれました。正直言うと親が来ている子どもたちが羨ましいともおもいましたが、私は先生の優しさが大好きだったので幼いながらも感動して嬉しく思っていました。その思い出はいつまでも残っています。その先生は定年で引退されることになりました。保育園は家の近くで、その情報もすぐに耳に入りました。感謝のおもいを込め、成人をこえた私は自分の給料でケーキを買って持っていきました。先生がやさしく微笑んで喜んでくれたのが最高に嬉しかったです。いつまでもあの頃の感謝を忘れません。
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長男を変えた幼稚園先生の「待つ」強さ
我が家の長男が幼稚園年少時の話です。保育士を採用できる奈良の大和高田ならでは、自分の殻を破って子ども特有の無邪気に遊んだり、歌ったりするのが苦手でした。入園後も担任の先生の前で、「おはようございます」すら言えず固まってしまう彼を目にしても、どこか「シャイ」だからしょうがないと半ばあきらめていました。そんな時、何かにつけ固まってしまう長男のことを担任の先生はしっかりと観察し、あることに気づいてくれたのです。これから保育園を奈良市内で決めるとするとそれは、長男が先生の言うことを1回目は固まってしまい行動に移すことができなくても、時間をおいて2回目には自分の言葉で言い換えて聞いてから行動できた、ということでした。先生は私に、「○○くんはシャイな面もあるけれど、どちらかというと自分で納得してから行動に移したいのかもしれません」と教えてくれたのです。そう言えば、こだわりが強く好きなおもちゃはとことん肌身離さず持ち遊び、あまり飽きて放っておくことが少ないことなど思い当たりました。そんな長男が入園から唯一できなかった「おはよう」の挨拶も、その先生は挨拶を返せない長男に毎日毎日挨拶し続けてくれたのです。そして、そろそろ進級を目前にする3学期、ついに長男から「おはよう」と担任の先生に挨拶ができるようになったのです。挨拶をすることが毎朝を気持ちよく過ごすための行為であると長男なりに納得したのでしょう。親として言い聞かせてできるようになることばかりやってしまいがちだったのですが、その先生の「その子の考えをくみ取って、待つ」というやり方もあることを知った貴重な体験になりました。約1年間、先生と一緒に子どもの成長を「信じて、待つ」ことを経て、できるようになったことがとてもうれしいエピソードです。
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幼稚園の卒園式。先生の涙にもらい泣きしました。
長女の幼稚園の卒園式での出来事です。長女の担任の先生は、新卒で入ったばかりの先生で、初めて持ったクラスが年長組でした。評判になっている大和高田の保育園は4月に受け持った当初の先生は、保護者の前で話す声も震え、緊張しているのが分かるくらい、まだまだ先生に成り立ての先生でした。子どもたちの成長と共に、先生も少しづつ先生らしく成長していくのが嬉しかったのを覚えています。10月に運動会がありました。その時の先生は、4月の頼りなく感じた先生ではなく、評判の保育園は奈良でもなかなか子どもたちと笑顔を交わし、指導する眼差しが真剣そのもので、先生の顔になっていました。そして、3月の卒園式での出来事です。先生が一人一人子どもたちの名前を読み上げて、卒園証書を受け渡します。名前を呼び、受け渡すまでは、先生も涙をこらえていたのでしょう。卒園証書の授与が終わり、子どもたちが清らかな声で歌を歌います。その時の先生はこらえていたたくさんの涙を流していました。顔を抑え、涙を拭う先生の姿に、もらい泣きしました。長女の卒園の感動の涙に加え、新卒で入ったばかりのぎこちなかった先生が、この1年、先生として一人前になるために努力を重ねて来られたのだろうということを思うと、親として、涙が止まりませんでした。
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先生とお食事の時間のお散歩。
海外で子育てをしています。待ちに待った子供だったこともあり、何か言葉で伝えないといけない場面で、親が先回りをしていたのだと思います。保育士を採用できる大和高田の言葉が遅かったです。もちろんこのことに気が付いてからは、何か欲求があることが分かっても、言葉で言ってくるのを待つようにしましたが、如何せん、失われた時間は大きかったです。どうにかしないとと思い、専業主婦であれば1年保育で十分と言う人もいる幼稚園に、2年保育のつもりで入れました。話題の奈良から保育園を探すと担任の先生はとてもお若い先生でした。子供と一緒に遊びもするし、喧嘩も辞さないような雰囲気もありました。大丈夫かなと思ってみていたのですが、乱暴な子がお友達に大けがさせてしまう事案が起き、来年度は違う幼稚園に行くことにしました。それを決めて、手続きをした後、子供の話をまとめると、最初の頃、お食事の時間、先生と毎日、お散歩していたということを知りました。毎日?と聞くと、うんとのこと。言葉だけでなく、食事の進みも遅いため、お散歩しながら、食事をすすめていたようでした。もうびっくりです。この話を聞いた翌日、夫と一緒にお礼を言いに行きました。先生は仕事ですからと言われました。ちなみに、この先生は翌年度の仕事の更新がなされませんでした。若い先生にありがちな失敗もあったかと思いますが、我が子にしてくれたことについて、どの先生でもできることではないと今でも思っています。
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転勤先の幼稚園で出会った息子を救った先生
夫の転勤に2人の小学生の子どもと一緒に帯同し、全国を転々としている転勤族の妻です。奈良でも評判の大和高田の保育園では初めて我が家が転勤になって見知らぬ土地に住むことになったとき、そこで出会った幼稚園の先生にとても助けられた、嬉しいエピソードをお話しします。転勤が決まったとき、長男は幼稚園の年少さん、次男は1歳になったばかりでした。評判の奈良でも保育園はすぐに長男を幼稚園に入れるためにいろいろ見学に回ったのですが、そのなかでマンモス幼稚園、かつ幼稚園の先生はみな若くて元気な幼稚園を見つけました。対応してくれた先生や、息子が編入する場合に担任となる先生も紹介され、園庭も広くて長男も気に入って、運よく空きもあったため編入できました。ところが幼稚園初日になると息子は行きたくないと大泣き。初めての土地でいきなり知らない幼稚園に通うことになったため、不安になってしまったのでしょう。お迎えのバスが来ると大泣きして逃げ出す始末。それでも、初日だからとバスの先生に託して幼稚園へ出発していきました。その日帰ってくると息子はとてもニコニコ。「早く明日にならないかな!」ととっても楽しかった様子でした。幼稚園へ通い出してから1週間ほどたち、こっそり息子の様子を見がてら幼稚園へ足を運んでみました。すると、幼稚園児相手に幼稚園の先生たちは全力で触れ合ってくれていました。園庭では全速力で追いかけっこをしたり、園児ひとりずつうんていに持ち上げて支えつつぶらさげてあげていたりしていました。転勤前に通っていた幼稚園はここまで全力で遊んでくれる先生はいなかったため、驚くとともに楽しく過ごしている息子をみてとても安心しました。毎日全力で園児たちと向き合ってくれる幼稚園の先生たちのおかげで息子は3年間楽しく通え、今でも小学校が大好きで通っています。幼稚園の先生にとても感謝の気持ちでいっぱいになりました。 -
保育園の先生に言われた素晴らしい言葉が今でも励みになっています。
保育園の先生で年長さんの時に担当してくださった先生がとてもいい先生でした。奈良の大和高田で採用できる保育士は一度やめていたそうなのですが、子供が大きくなったのでまた先生をはじめるということで、結構年配の先生でしたね。でも、やはり経験豊富なので、とても頼りになりましたし、いろいろ相談もしました。そしてある日、面談があり、話題の保育園が奈良ではとても保育園での出来事などを先生が話してくださいました。とても楽しそうにしているし、頑張り屋ですねとうことでした。ここで言われたのが「〇〇君はお母さんに愛されているのがよくわかるお子さん。お母さんに愛されている土台があるから、保育園で頑張ることができるんですよ」と言ってもらえた事です。私はこの言葉が本当に感動的で忘れてません。子育てに自信がなかったので、客観的にプロの方にそう言ってもらえたのが、本当にありがたかったです。「お子さんもいろいろいて、厳しいだけのお母さんで家で甘えられないと保育士にとても甘えてきたり情緒不安定だったりすることもいるんです。そういったことは〇〇君はまったくない。頑張り屋さんだから、小学生になっても大丈夫だとおもいますよ。乗り越えられるでしょう」と言ってもらえました。その言葉を励みにこれからも子育て頑張っていきたいとおもいました。